首相への権力の集中を注視しよう
衆院解散・総選挙の暑い夏が終わってみて気づくのは、首相への権力集中が劇的に進んだ点である。わが国では、首相の地位が不安定(※1)だと言われていたので、リーダーシップの強化という観点からは評価されるべきかも知れない。しかし、権力の分立、権力の均衡(バランスオブパワー)の観点からは、行き過ぎのないように注意深く見守る必要がある。
■強引な解散権の行使
小泉首相は参院で郵政法案が否決されたのを受けて、衆議院を解散した。解散の手続きにおいて小泉首相は、閣僚の任免権を振りかざして、閣議での解散決議を迫った。結果的に罷免は1人だけ(島村農相)だったが、押し切ったことで、首相は内閣における権限の強さを見せつけた(※2)。
また、確かに首相には解散権があるとされるが、内閣提出法案の否決を「内閣に対する不信任」だと自ら認めながらも、「総辞職」をせずに解散に踏み切った。そして選挙に大勝したことで、首相の国会に対する優位性を見せつけた。また、これによって参議院は半ば無視されて、衆議院の優位性がいっそうはっきりた。
以上を図式化するとこのようになる。
内閣: 首相>他の閣僚
首相(内閣)>国会
国会: 衆院>参院
■小選挙区制とマニフェストの効果
小選挙区制の導入(※3)から一定期間が経って、自民党が派閥の連合体から執行部中心の中央集権型組織に変わった。今回の選挙では郵政法案に反対した議員を公認せず、その選挙区に公認候補を送り込む(いわゆる「刺客」)というやり方で、執行部が持つ権力の強さをまざまざと見せつけた。
また、小選挙区制のもとでマニフェストが浸透し始めたことで、衆議院選挙(総選挙)は政権(政権党)と首相候補(党首)を選択する機会になった。マニフェスト総選挙は「準首相公選」制だとも言われる。このこと自体の善し悪しは別にして、結果として与党衆院議員は、党首に対する従属度が高くならざるをえない。
さらに小選挙区制による与党の「地すべり的勝利」効果によって、国会内での与党の優位性が高まった。これは今回の選挙結果に過ぎないという見方もできるが、小選挙区制というのは基本的に、勝ち組(結果的に与党)と負け組(結果的に野党)の差がつきやすい選挙制度である。
以上を図式化するとこのようになる。
自民党: 執行部>派閥
与党(自民党): 党首(首相候補)>各衆院議員
衆議院: 与党>野党
■権力集中の背景
これらの一連の現象は、今回の解散・総選挙からの、新たな立法や規則の変更によるものではない。背景には小選挙区制(比例代表並立制)の導入がある。導入から約10年経って、マニフェストの普及を追い風に、自民党が党首・執行部を中心にしたトップダウン型の組織に生まれ変わったということだ。
内閣の中で首相の立場が強くなったのも、国会(とくに衆議院)に対する首相の優位性も、自民党内の権力構造の変化を受けて、もともと持っていた権限を顕在化させたに過ぎないと言える。その意味では、今回はっきりした首相への権力集中は驚くべき変化ではない。むしろ二大政党制を指向して小選挙区制を導入した時点で、望まれていたことなのだ。
■民主主義の観点から首相への権力集中を注視
しかし、民主制という考え方は権力集中と相反する。そもそも議会制民主主義というのは、ヨーロッパの王国で王の権力を抑制するための議会に発している。主権を預る国家権力をコントロールすることは根本的に重要なのだ。
三権分立は過度な権力集中を防ぐための制度である。したがって今回の解散・総選挙で、首相(行政府の長)が国会(立法府)より強い立場に立ったことには注意をしておかなくてはならない。われわれ選挙民が改革へのリーダーシップを期待して首相への権力集中を容認したのであれば、われわれは権力の濫用や権力のさらなる集中に、いつでもブレーキをかけられるよう準備をしておかなくてはならない。
※1: 過去の首相の在任期間はおおむね2年以内だという。
小泉政権3年/目立つ安保の突出ぶり
総選挙の後に見えるもの… それは首相の大統領化か?
※2: 2名を説得、1名は辞表を受け取らず罷免した。
解散反対閣僚別室で説得 首相、島村農相を罷免
※3: 選挙制度改革は1994年、導入後の最初の総選挙は1996年。
衆議院議員選挙制度の変遷
小泉純一郎の大勝とドイツ総選挙の混迷(9/30)
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