虫が良すぎるような気がする
京都での初詣での帰り、タクシーの運転手さんが語り出す。
「この仕事いろんなお客さんがいはって、お伊勢参りをするといいことがある、と占われたことがありますが、私ら毎日こつこつ真面目に仕事すんのが大事や思ぅてますやろ。そんな、お参りするだけでえぇことあるなんていうのは、なんや虫が良すぎるような気がして、もぅだいぶ前に言うてもろたんやけど、まだ行ってませんのや。もしかして行ったらえぇことがあるのかも知れませんけどねぇ。」
この謙虚な言葉を聞いて、どこか懐かしいような安心感を覚えるのは僕だけだろうか。こういう人がまだ市井にいるのだ、ということを知って覚える安心感である。
「昔はそういう人が多かった」という記憶も証拠もない。もしかしたら昔から皆「ご利益(ごりやく)」には敏感だったかもしれない。あるいは自分自身がそういう謙虚な真面目さに憧れながら、現実には小賢しく「合理的に」ふるまっているせいで、そんな風に感じたのかもしれない。
それにしても、こういう倫理観というか人生観はどこから来ているのだろう。確かに最近は流行らないだろうが、そういう生き方、ものの見方はなにがしか真理を突いているように思えるので大切にしたい。
「神頼み」するのは「悪いことがないように」と「苦しいときだけ」でえぇんとちゃうやろか?
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