内部留保は雇用の維持に活用できるのか?
企業業績の悪化に伴い、「派遣切り」のような形で雇用が削減されるのに対して、
「(好況期に積み上がった)内部留保を活用して(取り崩して)、雇用を維持せよ」
という主張がある。そんなことは可能なのか?
この問いに「会計」的に答えると、「ちょっと筋違い」、という回答になる。
「内部留保」というのは、一般に貸借対照表の純資産の部の「利益剰余金」を指す。これは過去の純利益の蓄積から、社外への配当などを引いたものだ。内部に残した利益なのでそう呼ばれる。
ところが、貸借対照表がわかる人にとっては簡単なことだが、これはキャッシュではない。キャッシュは資産の部の項目である。したがって、内部留保の金額を給料などの支払いに充てることはできない。
これでおしまいにすると、あまりにも不親切な答えですね。(笑)
じゃあ過去に儲かったお金はどこに行ったのか? それは余っていないのか? というのが、次に気になる点ではないでしょうか。
キャッシュ(キャッシュフロー)と利益は違うのだが、まぁ、ここは過去の利益でキャッシュが得られたとしておこう。それが社内に蓄積されているとすると、資産の部の「現金及び預金」や、キャッシュフロー計算書の「現金及び現金同等物(=キャッシュ)の期末残高」の金額などでわかる。
これがたっぷりあれば、支払いに充てるキャッシュが十分あるとわかる。もし、給与等の支払い原資があるかどうかを議論するなら、内部留保よりも手元のキャッシュに注目すべきなのだ。
(ちなみに、内部留保に相当するほどのキャッシュはないのが普通。企業が内部留保したお金は拡大再生産(成長)のために再投資される。)
しかし、雇用維持と内部留保の議論はそういう話なんだろうか?
過去に派遣や請負などの安い労働力をうまく活用して多額の利益を上げた企業が、需要が急減したからといって簡単に労働者を切り捨てていいのか、という倫理的な問いかけが一方にある。
もう一方には、企業の存続がかかるほどの需要の急減に対して、競争力のコアになる人材以外の人材を対象に、法や契約の範囲内でコスト削減をせざるを得ない、という経営判断がある。金融危機で新たな資金調達が危ぶまれるという事情もある。
と考えれば、問われるべきは、例えば次のような問題だろう。
契約打ち切りを含め、削減された従業員の生活をどのように守るのか? 企業が負担すべき部分は? 政府がすべきことは?
雇用を維持することは本来の解決策なのか?(需要は2,3年以内に回復するのか?)
短期契約の労働力は、同じ能力を持つ正社員などの長期契約の労働力と比べて、単価が安くてよいのか?
生産量の増減への対応は、正社員の残業だけで足りるのか、逆のときはワークシェアのように勤務時間と給料を減らすのか、短期契約の労働力に頼るのか?
失業を抑制するためのコスト負担を企業に求めるのか、失業時のカバーは失業保険などの公的なシステムで全面的に負担するのか?
いずれも、専門家の解説に答えを求めるべきものではなく、私たちがそれぞれ、また協力して答えを出していくべきことだと思うのです。
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