教育の機会不平等を「やむをえない」で済ませてよいか?
教養とは本来、「不当さ」をその身に引き受けさせられた他者への想像力を、可能にするものであるはずなのだから。
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教養とは本来、「不当さ」をその身に引き受けさせられた他者への想像力を、可能にするものであるはずなのだから。
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企業/組織変革、企業研修に関わる方、とくに「学習する組織」に関心のある方には一読をお勧めします。
読み終えた知人から「朝尾さんにお勧め」と譲っていただきました。企業内人材育成の研究会をされている二人の著書なので、チェックはしていたのですが、決定打に欠けるような気がして買っていませんでした。(^_^;)
お勧めするポイントは、企業内でのダイアローグあるいは対話の役割について、アカデミックな文脈の上に位置づけている点です。
ダイアローグや対話は、形がとらえにくいだけに経験知、成功例として語られることが多いのですが、もうそういう初期段階は終わるべきだと思うのです。
なぜコミュニケーションのあり方から変えなくてはならないのか、をきちんと体系立てて理解し、組織的に変革を進めていくべき時期が来ています。背景になる理論が発展してきていることが、この本を読めばわかります。
大きな組織は論理的な説明がなければ、これまでのやり方を変えることがとても難しい。内部/外部から変革を進めようとする人には、こうした理論武装が必要だと思います。
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働く人のことを、会社では「人材」と呼びます。これを「材料」と同じように扱うのはおかしいと考え、「財産」に喩えた「人財」という言い方もよく目にします。
どちらが良いということではありません。どちらも、何かに喩えられるわけです。
そう言えば、「人手」という表現もあります。時代の流れとしては、製造業的な「人材」や労働集約的な「人手」から、付加価値創出型の「人財」へと変遷してきたのかもしれません。
カタカナでも「ヒューマンリソース」(human resource 人的資源)から「ヒューマンキャピタル」(human capital 人的資本)に変わってきたようです。
ヒューマンキャピタルは「キャピタル(資本)」となっていますが、私が聞いたかぎりでは、(貸借対照表に載っていない)オフバランスの資産と位置づけられているようです。
「資本」というなら、おカネの資本に配当をするように、人的資本にもリターンがあるべきでしょう。労働の対価としてではなく、企業活動の成果配分としてです。ただし、本来的には金銭でなく、人的資本を厚くするようなリターンであるべきでしょう。
つまり、企業活動を通じて働く人の能力、資質などが高める、才能を伸ばすことが、「ヒト」という資源(資本?)を活用することへの(社会への)対価の支払いに当たると考えられそうです。
だとすると「材」でも「手」でも「財」でもなく、「才」がこれからの時代の表現としてふさわしいと思います。(そもそも語呂合わせに過ぎませんが)
あなたは仕事を通じて、自身や同僚の「人才」が育っていると感じますか?
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財務会計の入門レベルの研修を提供していますが、最近の悩みは「果たして受講者は本当にわかりたいのか?」という疑問です。
ポストイット(R)を用いた演習などを通して、企業活動とBS,PL,CFの財務三表のつながり、三表それぞれのつながりが「わかる」ための工夫をしており、受講者からも高い評価をいただいています。
しかし。
1日の研修だと、あまり「わかる」に時間をかけると「使う」という本来の目的のウエイトが小さくなるのも事実です。かと言って、わからないまま使うのはとても危ういのも事実。ジレンマです。
また、上のような「つながり」は本を読んだだけではわかりにくいので、研修ではそこに力を入れるべきだという考えもあります。
そこで反省するのは、「わかるレベルを教える側の基準で定めていないか?」という点です。冒頭の疑問を正確に言い換えるなら、「果たして受講者は本当にそこまでわかりたいのか?(それより、もっと使えるようになりたいのではないか?)」となるでしょう。
受講者にも職務の差、経験の差、個人差などがあるので一概には言えませんが、もう少し「わかる」より「使う」のウエイトを高めてみようと考えています。
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研修関係者が集まった席でのこと。外部講師として研修をする立場の人が、研修の効果が持続しないのが悩みだと発言しました。なぜ持続しないと思うか、という問いへの答が私の記憶に強く残っています。
「研修の効果が持続しないのは、研修だからだ」
つまり、その人によれば、ふだんの職場を離れた非日常的な空間で学んだことを、いつもの空間で活かすことがそもそも難しい、というのです。
うーん、これは重い課題。「研修」という形でお手伝いする場合、ほとんどはオフサイトの(=職場を離れた)集合研修ですからこの問題からは逃れられません。逆に言えばこの問題は、わかっていても対処できないケースがほとんどなために、正面から向き合うのをあきらめてしまっていたところがあります。痛く反省させられました。
もっとも「研修だから持続しない」というジレンマのあてはまる度合いは、内容などにもよるでしょう。そのうえで、どんな改善策があるか?
1つには、月並みながら「研修」を前提に効果を持続させるための工夫すること。いわゆるフォローのしくみをきちん整えることでしょう。自戒を込めて言うと、外部講師の立場でもそこに踏み込む働きかけをすべきでしょう。
もう1つは、「研修」という枠組みを外して、現場(職場)に学習を持ち込むこと。例えば現場に講師(コンサルタントやファシリテーター)が入っていく、OJTを支援する、といった方向が考えられます。
ほかにはどんな改善策、具体策がありそうでしょう?
効果的な答えを見出せれば、「研修」に新たな意味を与えることができるでしょう。
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表題は、帯に大きく「勝間和代氏推薦!」と書かれた本のタイトル(※)。
まだ全部読みきっていませんが、さっそく測定検査を受けて、自分の5つの優位な資質を知りました。
これが、なかなか見事に当たっていて、笑えるほどでした。
いろいろ考えさせられますねぇ。
この本では、才能(≒資質)を「無意識に繰り返される思考、感情、行動のパターン」と捉え、それを伸ばして「強み」にすることを勧めています。
結果が当てはまっていることよりも、この「パターン」が、脳細胞の接合部(シナプス)の結合パターン、いわば脳内回路の構造によって生み出されている、という点に説得力を感じます。「性格」のように、経験や価値観なども入り混じっているものとは違うのです。
で、どんな資質があるかについては、著者たちのギャラップ社が独自に開発した「ストレングス・ファインダー」という測定検査で、簡単に知ることができます。
同社は膨大な人数の調査を経て34の資質を抽出しており、検査を受けると、その人の中で優位を占める5つの資質を結果として返してくれます。ちなみに、5つの組み合わせが一致する確率は3300万分の1なのだそうです。日本全国で4人ぐらい。
さて、私の5つの資質とは・・・?
1.学習欲
2.回復志向
3.分析思考
4.慎重さ
5.収集心
検査は、本を買えばネットで受けられます(日本語OK)。
あなたもぜひ!受けてみてください。よかったら結果も教えてください。
これ、仕事仲間や家族・友人の間で、お互い共有すると効果的だと思うんですよね。
(さっそく妻にも買わせました)
※「さあ、才能(じぶん)に目覚めよう ――あなたの5つの強みを見出し、活かす」 マーカス・バッキンガム&ドナルド・O・クリフトン
著、田口俊樹 訳、日本経済新聞社、2001/11月、1600円
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昨夜(2/15・日)のNHKスペシャル「沸騰都市 シンガポール 世界の頭脳を呼び寄せろ」
http://www.nhk.or.jp/special/onair/090215.html
は、タイトルの通り、シンガポールが国家戦略として、バイオなどの先端科学分野で世界中から俊英を集めている様子が描かれていました。
最先端の科学技術の成果を産業・ビジネスに活かしGDPを高める、という戦略のようです。企業の経営戦略のアナロジー(類推)で言えば、とても理にかなっていて、戦略分野を明確にし、集中的な投資ができている状態です。
一方で番組では、バングラディシュからの短期の移民労働者の窮状も描かれます。外国人の単純労働者はシンガポール経済にとって「バッファ」だと首相が明言するシーンまでありました。NHK的には、光と影の両面を報道しておくべきだという判断が窺えます。
で、例えば「日本はどうすべきか?」と考えました。
一つには、シンガポールに負けないように先端科学分野の研究環境を手厚く支援する方向。同じ分野で競ってもよいし、異なる分野に狙いを定めてもよいでしょう。ただし、シンガポール以外の国とも競争にならざるをえないのは明らかです。資金力だけではないにせよ、カネの続く方が勝ちになりかねません。
もう一つは、人材の能力水準を底上げする方向。トップクラスだけに集中投資するのではなく、幅広い層に教育投資をし、他国よりも平均的な人材の能力水準を高めるのです。この方向の難点は、トップクラスの人材流出を招くおそれがあるところ。産業・生産分野の技術などは幅広い人材層に支えられているとはいえ、自然科学の最先端分野は少数精鋭なので(少なくともそういうイメージがある)、人材の「厚み」では補えないおそれがあります。
3つ目。人材という観点でもう一つ代替戦略があるとするなら、組織力を高める方向ではないでしょうか。この場合の組織力は、分業と協力による実行・推進というよりは、複数の人の知恵・脳ミソを結集させて新たな知識・知恵を創造するイメージです。厳密に「代替」的ではなく、上の2つの方向と組み合わせるべきものかもしれません。
日本は、2つ目が強みだったはずなので、これに3つ目を組み合わせれば、1つ目の戦略に対抗できるのではないでしょうか? (そんなに簡単にはいかない?)
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大人の学習の理論を学んでいれば当たり前になっているのですが、最近改めて思います。「学習」とは何かを新たに「足す」ことばかりではない、と。
一般的な言葉の使われ方としては、「学習」は「新たな知識を獲得すること」を指すことが多いでしょう。しかし、そればかりでなく、失敗経験などを経て行動を変えたことを指して「学習したな!」と言う場合もあります。
確かに若いときには前者の学習の比率が高いかもしれません。しかし、獲得した知識の蓄積が増えるにつれて、後者の学習の比率が高くなる「べき」なのだと思います。
年を取った人には「新たな知識の獲得」が重要でない、と言いたいわけではありません。大事なのは、行動の変化をもたらす学習に意識的に取り組むことです。
人間というものは、割と保守的にできているのかなぁと思います。つまり、そこそこうまくいっていて、特別困っていなければ、行動パターンを変えたくない。
しかし、もっとうまくいきたいなら、行動パターンの変化をもたらす学習に取り組まなければなりません。知識や技能を「足す」ことよりも大事なはずです。
では、何が「行動(パターン)の変化」をもたらすのでしょう?
あなたはどう思いますか?
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10月末、東大で開催されたワークプレイスラーニング2008とい う催しに参加しました。何度か参加したことのある Learning Bar@Todai という産学のカジュアルな研究会の拡大版。企業・組織内の人材育成に関心を持つ人が、おそらく500人以上集まりました。
あえて「ワークプレイスラーニング(職場での学習)」をうたうのは、いわゆる
《企業内人材育成 ⇒ 研修》という思考の枠組み
に疑問を投げかけるためのようです。
企業の当時者から発表された4つのケースのうち3つは、人事・人材育成部門以外によるものでした。極めつけは、パネリストの長岡腱教授の「教育研修担当は必要か?」
という挑戦的な問いかけ。
渦中にいるとわからないものかも知れませんが、学習の定義、人材育成の手法の変化は思いのほか早いスピードで進んでいるのかも知れません。
研修の世界に身をおく私たちも、《学習》して変化しなくてはなりません。
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先週から連載中の一橋大学 守島基博 教授の記事。
企業の人材育成に関わる人には、ご一読をお勧めします。
人材育成には「良質な経験」が重要である、というのが主旨のようです。
私を含めた企業の外部から人材育成を支援する立場の人にとっては、仕事を通じた経験(OJTとも言える)が大事だと言われると、研修のようなOFF-JTの役割が低下するので、賛同しがたい主旨に映るかも知れません。
しかし、そもそも研修などOFF-JTの占める割合は、年間平均2日間としても250日程度の勤務日のわずか0.8%でしかありません。残りの99%以上の時間が成長に結びつかなければ、人材が育たないのは明らかです。
したがって私たちには、1%程度でしかないことを踏まえ、
OFF-JTでしか習得・経験できないことに焦点を当てること、
実務での経験を効果的に学習(育成)に結びつけること
が、求められているのだと思います。
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