月初め、もう2ヶ月以上前のことになりますが「ウェブDP」というイベントに関わりました(※1)。ウェブDPの「DP」は「討議型世論調査」と呼ばれるものです。
※1: 今回私が関わったものは、日本学術会議の調査研究活動として東京工業大学の坂野研究室が主催する形で行われたものです。これに日本ファシリテーション協会が協力し、私は協会会員として応募してモデレーターを務めました。
討議型世論調査(DP)について(※2)
“DP”は“deliberative polling”。直訳すると「熟慮型世論調査」になりそうですが、「討議型世論調査」として定着しています。特定の社会・政治的テーマについての世論調査を行う時に、話し合いなどのプロセスを挟んで、回答者に2度同じアンケートに回答してもらうものです。世論調査ですから回答結果を統計的に捉えるのが主目的で、とくに1回目と2回目でどのような変化があったかに注目します。
※2: 討議型世論調査については、検索するといろいろ出てきます。例えば、慶應大学DP研究センターのサイトを参照ください。<http://keiodp.sfc.keio.ac.jp/?page_id=22>
ここで結論を言うと、討議型世論調査の副次的効果とも言える回答者の変化に注目して、この手法のエッセンスを活かせると考えています。うまく使えば、私たち一般人が、社会的・政治的なテーマについて考えを深め、よりよい意見を形成できるようになり、民主主義の裾野を広げるのに役立つと思うのです。
以下、私が関わった討議型世論調査(以下DP)について説明します。
討議型世論調査のプロセス
- 1回目のアンケートへの回答
- 小グループでの話し合い(1つ目のサブテーマについて)
- 専門家との質疑応答(同上)
- 小グループでの話し合い(2つ目のサブテーマについて)
- 専門家との質疑応答(同上)
- 2回目のアンケートへの回答
この日のテーマは「高レベル放射性廃棄物の処理について」でした。テーマについては基礎知識や論点などがまとめられた小冊子が事前に配布されています。これは読んでも読まなくてもよいことになっています。当日は、テーマを2つのサブテーマに分けた上で、1つのサブテーマについて1時間弱の話し合いを、8人の小グループで行いました。話し合いの終盤には、あとで専門家に問う質問を考えます。
続いて専門家に質問を投げかけます。専門家は、賛成派(推進派)、反対派(慎重派)から数名ずつ、合わせて6、7名いたでしょうか。小グループは15グループほどあったので、重複する分を10個ほどにまとめて司会者から質問をします。司会者の指名で賛成派、反対派からそれぞれ1、2名ずつ質問に答えてもらいました。
その後、再び小グループに戻って、もう1つのサブテーマについて1時間ほど話し合い、最後に質問をまとめます。そして再び専門家との質疑応答。これでおしまい。これらの前に参加者は1回目のアンケートに回答し、終わった後で2回目のアンケートに回答します。以上が大まかな流れです。
ウェブDP
今回私が関わった“ウェブDP”は、これらのプロセスをオンラインで行うものです。参加者(アンケートの回答者)は、全国各地の自宅等でネット回線を介して映像付きの会議システム上で話し合いを行います。専門家との質疑応答で発言することができませんが、司会者と専門家のやりとりをオンライン中継で視聴します。アンケートへの回答ももちろんオンラインで行います。
小グループでの話し合いの特徴
小グループでの話し合いの特徴は、合意形成をしない点です。私は小グループの話し合いの進行役(モデレータ)として関わりました。司会でもファシリテーター(促進役)でもなく、存在感を消すぐらいの関わり方をするように指導を受けました。
また、参加者(アンケートの回答者)も自分の考えを強く主張するのではなく、他の人の意見に耳を傾けるよう求められます。なるべく全員が意見をする機会を作るようにはしますが、必ずしも意見表明をしなくてもかまいません。
プロセスの効果
このウェブDPを主催された東京工業大学の先生によると、一般に1回目の回答に比べて、2回目の回答の方が、質問項目間の整合性が高まる傾向があるということです。つまり、ある質問ではこう答えているのに、別の質問ではつじつまの合わない回答をする、ということが少なくなるのだそうです。
私がすごいと思ったのはこの点です。私が担当した小グループでの話し合いは、正直言って驚くような深い話し合いがされた印象を受けませんでした。身近でない、かなり専門的なテーマですし、それに詳しい方が参加されたわけでもありませんから、当たり前です。
それでもアンケート結果には質的変化が現れるということです(※3)。賛成と反対の比率が変わるとかそういうことではありません。より整合性の取れた意見になるということです。考えが深まって、意見形成が進んだと言えるのではないでしょうか。
※3: 今回の私が関わったウェブDP においてどんな変化があったかは、まだ伺っていません。
1回目と2回目のアンケートの間は、昼休みを挟んで6時間ほどです。その間、質問したことを専門家にすぐに答えてもらえるという特別な仕掛けはあるものの、それ以外は誰にでもできそうなプロセスです。
それで思ったのが、このプロセスからエッセンスを抽出して、幅広く実施するというアイデアです。実現すれば民主主義の裾野広げるのに役立つはずだと思ったわけです。
なぜ考えを深める効果があるのか?
そこで次に、なぜこのプロセスが取り上げたテーマについての考えが深まるかを整理してみます(※4)。
※4: 私がモデレーターとして関わった実感から抽出してまとめたものです。DPの設計者の意図を確認したものではありません。
1) 話し合いで意見を主張しなくてよい、合意しなくてよい
「議論」というと意見をぶつけ合うイメージがあります。そのために「主張」をしますが、主張をすると、その意見を守ろうという意識が働いてしまいがちです。守る意識が働くと論理を組み立てようとしてしまい、自分の意見と異なる立場や視点、価値観を受け入れにくくなります。主張をせずに、ただ聞いてもらうために話す、という緩い姿勢でいれば、守る意識を働かせずに、他の人の発言を聞いて自分の意見を考え直しやすくなります。(※5)
※5: いろいろな立場の人の視点が入ってきて混乱してしまい、結論を出せなくなる面もあるでしょう。しかし、それも考えが深まるプロセスと言えます。
2) 知らない人どうしで自由に話し合える
互いに知らないどうしであれば、後のことを考えなくてよいので、意見や感想を言いやすくなります。テーマに関連して、そういう考えや価値観の持ち主であることを、知人や友人に知られるのが嫌だ、心配だ、という人もいるでしょう。また、あとで考えが変わったときに、「あのときはこう言っていたのに」と一貫性がない印象を与えたくない、という人もいるでしょう。知らない人どうしで、かつ、その後もまた無関係であれば、そういう心配から自由になれます。
3) テーマについて「素人」という姿勢で参加できる
「専門家」への質疑応答のセッションが用意されていることで、対比的に小グループでの話し合いは「素人どうし」という構図になります。専門的なことはわからない、立派な意見なんか持っていない、そもそも判断するための十分な知識がない、というスタンスで話し合いに臨むことができます。それによって、無理して受け売りの考えを言い立てたり、思いつきの考えに理由をあとづけしたりしなくてよくなります。また、他の人の意見の良い点を受け入れやすくなると考えられます。
4) 専門家への質問を考える
これには2つの効果があると考えられます。1つは、質問を考えることで自分のわからない部分が明確になる点です。考えをまとめたり結論を出したりする前に、「ここがどうなっているのかを確かめておきたい」という部分を見極めようとするからです。
もう1つは、「専門家の見解を聞いてみる」というプロセスが残るので、自分の意見を固めなくて済む点です。話し合いの時間中に結論を出す必要がなくなり、専門家の見解を聞くまで保留して、他の人の意見に耳を傾けることに集中できます。
5) 再度アンケートに答える
話し合いと専門家への質疑応答の後には、1回目と同じアンケートに答えることがわかっています。つまり、いつまでも結論を先延ばしにはできないわけです。もちろん、アンケートに「わからない」などと回答することができるので、無理やり結論を出す必要はありません。とはいえ、他の人の考えや専門家の見解をただ聞くだけでなく、後でアンケートがあると意識していれば、考えが自然と深まるはずです。
以上の要素をうまく組み合わせれば、考えを深め、意見を形成するのに役立つと考えています。
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