市場メカニズムがもたらす関心と責任感の狭域化を自覚せよ
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働く人のことを、会社では「人材」と呼びます。これを「材料」と同じように扱うのはおかしいと考え、「財産」に喩えた「人財」という言い方もよく目にします。
どちらが良いということではありません。どちらも、何かに喩えられるわけです。
そう言えば、「人手」という表現もあります。時代の流れとしては、製造業的な「人材」や労働集約的な「人手」から、付加価値創出型の「人財」へと変遷してきたのかもしれません。
カタカナでも「ヒューマンリソース」(human resource 人的資源)から「ヒューマンキャピタル」(human capital 人的資本)に変わってきたようです。
ヒューマンキャピタルは「キャピタル(資本)」となっていますが、私が聞いたかぎりでは、(貸借対照表に載っていない)オフバランスの資産と位置づけられているようです。
「資本」というなら、おカネの資本に配当をするように、人的資本にもリターンがあるべきでしょう。労働の対価としてではなく、企業活動の成果配分としてです。ただし、本来的には金銭でなく、人的資本を厚くするようなリターンであるべきでしょう。
つまり、企業活動を通じて働く人の能力、資質などが高める、才能を伸ばすことが、「ヒト」という資源(資本?)を活用することへの(社会への)対価の支払いに当たると考えられそうです。
だとすると「材」でも「手」でも「財」でもなく、「才」がこれからの時代の表現としてふさわしいと思います。(そもそも語呂合わせに過ぎませんが)
あなたは仕事を通じて、自身や同僚の「人才」が育っていると感じますか?
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聞いたことのある方も多いと思うのですが、実は「石切り職人」(もしくは「石工」)の話には、三人出てくるものと二人のもの(※1)がありますが、ここでは三人の方。出所はどうやらドラッカーの著書。(※2)
ごくごく簡潔に記すと、
一人目は生活のために石を切る
二人目は国中で一番の石切り職人になるために石を切る
三人目は大聖堂を建てるために石を切る
三人目が経営者として一番なのは言うまでもないが、問題は二人目、というのがドラッカーの指摘したポイントらしいです。
ちょうど先月の日経のコラムにその話が出ていました。(※3)
昨年10月、米ハーバード大学の学長が金融危機に関連して三人の石工の話をし、
「成果主義が幅をきかせたウォール街の人々は二人目の石工」
だと説明し、
「大聖堂を建てようとする社会がなければ、石を切る需要もない。二人目の石工にはそれが分かっていない」
と断じたのだそうです。
私はここでウォール街を批判する意図はありません。
何かの世界で極めよう、一番になろうという目標を抱くことは、ごく自然で普通のことだと思うのです。ところが、それだけになって視野を狭めてしまうと問題が生じかねない。私たちはそのことに気づかなくてはならない、というメッセージだと受け止められます。
さすがドラッカーと言うべきか。
個人の目標も、最初は狭くても良いけれど、成長するにつれて社会性を持たなくてはならない、と解釈しています。
自分の(組織の)仕事の目的、目標には社会性があるでしょうか?
※1: 「二人の石切り職人」の話は田坂広志氏がよく書かれています。(※1)
http://www.hiroshitasaka.jp/tayori/ 第47便 二人の石切り職人 2002年09月19日
内容は公開されていませんが、「二人の石切り職人」で検索すると、いくつも引用したものが出てきます。同じく、ごくごく簡潔に記すと、
一人目は生活のために石を切る
二人目は大聖堂を立てるために石を切る
同じ仕事をするうえでも、意味がまったくちがうという話です。
※2: 「三人の石切り職人」はドラッカーの「マネジメント」が出所らしいです。
http://natsuo-omodaka.no-blog.jp/qualia/2004/11/post_7.html
(原典は未確認です)
※3: 日経新聞 2009/03/19付 夕刊 マーケット総合2 「十字路 ウォール街と政府の失敗」(漢南洞)
ハーバード大学の学長はドリュー・ファウスト氏
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弊社の経営理念は「働くことの意義を高める」というものですが、これとは別にキャッチフレーズ的に掲げているのが、「オープンな組織&エンパワーされた社員」です。今日はそのお話を。
「オープンな組織」は「働くことの意義を高める」ためのキーになる条件の一つだと考えています。定義しようとは思っていませんが、
・組織が内部に対して開かれている面と、
・外部に対して開かれている面
の両方があると思います。
内部の面では、例えば、業績情報を従業員に開示して参加(意識)を高める
「オープンブック」というマネジメント手法があるのですが、これは一つのオープンな組織の一つのあり方と言えるでしょう。(※1)
実際の「オープンブック・マネジメント」は企業によって様々な形態をとりますが、有名なところでは京セラのアメーバ経営もそれが核になった経営手法だと言えます。(※2)
最近の新聞で見つけたのは、ハマキョウレックスという物流の会社です。(※3)この会社のことは実はよく知りませんが、記事によると、全国57ヵ所の物流センターで「収支日計表」と呼ぶ簡単な損益計算書を作成し、「現場がリアルタイムで日々の損益を把握することで、機動的な費用削減に成功している」のだそうです。パート従業員も収支日計表の情報を共有しているとあります。
こんな風に、会社全体の決算情報を開示するというより、現場に近い組織単位で、しかも日次などの短い期間での開示のほうが意味があります。当事者にすばやい意思決定を促すことができるからです。
オープンブック・マネジメントは、単なるブック(帳簿)の開示ではありません。それにもとづく意思決定とアクションを望むわけですから、受け手である現場の従業員がそれを読んで判断できるようにすること、決定して実行できるようにすることが重要です。つまり教育と権限付与をセットにすることです。
そう、もうお気づきですね。この部分が「エンパワーされた社員」です。エンパワーは、
・知識や技能などを高める教育などをする面と
・決定、実行の権限を付与する面
の両方があると思います。
あなたの会社組織はオープンですか? どんなところがオープンでしょう?
あなたはエンパワーされていますか?(またはエンパワーしていますか?)
どんなエンパワーをされて(して)いるでしょう?
※1: オープンブック・マネジメントを紹介した本:
・ジョン・ケース「オープンブック・マネジメント」2001年10月(原著1995年)
・ジャック・スタック「グレートゲーム・オブ・ビジネス」2002年6月(原著1992年)
※新訳版「その仕事は利益につながっていますか?――経営数字の「見える化」が社員を変える」2009年1月
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※2:アメーバ経営についての本:
・稲盛和夫「アメーバ経営」2006年9月
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※3:日経新聞、2009/03/04付、投資・財務面「逆風下の健闘企業⑤ ハマキョウレックス 現場で毎日の損益を把握」
・ハマキョウレックスの会社ウェブサイト: http://www.hamakyorex.co.jp/index.html
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